ふるさとで描く
家族の未来と農業への夢
衛藤晋作さん・真実さん(北九州市)
安心院町出身の晋作さんと、隣の院内町で育った真実さん。
街中での生活を送る中で「いつかは地元に帰りたい」という気持ちと「農業に挑戦したい」という夢。
その二つの思いを胸に長女の帆呂ちゃんの入学前にUターン移住を決めました。
まずは実家や友人の畑を借りて土に触れながら週末農業で経験を積みました。
そして空き家バンクで出会った広い畑がついた物件。再びの宇佐での暮らしに心躍らせる二人に今の暮らしを伺いました。

一歩ずつ進む、自然と向き合う農業
移住を機に就農した衛藤さん夫婦は「やさしいお野菜しん屋」として、農薬も化学肥料も使わず土にこだわった野菜作りをしています。
春は葉物、夏はトマトやナス、秋はカボスやサツマイモなど、定番の野菜から珍しい品種まで年間約100種類ほどを栽培。
箱を開けた瞬間「わあっ!」と笑顔があふれるようにと願いを込めた、彩り豊かな野菜セットはオンラインで全国へ。
そして単品の野菜は近隣の市場に出荷。味が濃く、野菜嫌いの子どもたちも「これなら食べられる」とファンが増えているそうです。
しかし移住当初は家庭菜園しか経験がなかった二人にと って、広い畑での農業は未知の世界。
「これで大丈夫だろうか」と不安にかられた時もあったそうです。
それでも「機械が必要なら使っていいよ」「こういうときはこうしたらいい」と、先輩農家の方が気にかけてくれたり、親戚が田植え機を譲ってくれたり、課題を一つずつ乗り越えるたびに小さな自信が芽生えてきたとか。
その背後には地域のあたたかい手がいつもあったのです。
時間のバランスが変わった
移住後の暮らし
夫婦にとって安心院は地元ですが、これまで暮らしていた地域とは異なり、知り合いは多くありませんでした。
けれども、地域の行事や催しに参加するうちに自然と顔見知りが増え、移住者を温かく迎え入れる土地柄もあって、すぐに新しい環境に馴染めたそうです。
晋作さんはこれまで大分市や東京、北九州と街中で暮らしてきました。
前職では24時間いつ電話が鳴るかわからない金みう状況で、気が休まる時間をほとんど持てなかったそうです。
「その頃の、子どもたちとの記憶が薄い」と振り返る言葉には、忙しさの中で見失ってしまった大切なものへの思いがにじみます。
今では生活は一変。
朝日を浴びながら畑に出て、暮れると共に家路に着く毎日です。
学校や保育園への送り迎えもできるようになり、家族との時間は格段に増えました。




住んでみて実感する朗らかな環境
長女の帆呂ちゃんの通う小学校は全校で20名ほど。
みんな兄弟のように仲が良く、活気のある学校生活を楽しんでいます。
学校から帰ると庭でチョークで絵を描いたり、晋作さん手作りの木製滑り台で遊んだり。
長男の市路くん、末っ子の多路くんも加わり、にぎやかな声が響きます。
市路くんは移住前、アトピーやぜん息で入退院を繰り返していましたが、今では症状がすっかり落ち着いてきま した。
澄んだ空気やおいしい地下水が体にやさしく働きかけているのかもしれません。
幼い頃は当たり前だった環境も、一度外に出ると当たり前ではなかったと感じたおふたり。
宇佐市の子育て世帯に向けた手厚い支援も、Uターンの後押しとなったと話します。
趣味がつなぐ両親との時間
畑仕事に励む日々の中で、もうひとつ楽しみにしていることがあります。
それは、真実さんのお父さんや友人と組んだベンチャーズバンド。
「地域の文化祭やイベントで演奏しているんです。この辺りでは音を出しても誰にも気兼ねせず楽しめます」と笑顔を見せます。
納屋にはドラムセットが置かれ、居間には子どもたち用の小さなギターが並び、三世代で音楽を奏でる日を心待ちにしているようです。
自分たちのペースで築いていく
ご家族がクラス敷地には、二軒の建物があります。
一軒は空き家の改修における補助金を活用して住居に。もう一軒は直売所兼工房として今後生まれ変わる計画です。
真実さんは長男のアレルギーをきっかけに米粉のお菓子作りにも力を注いでいます。
もちもちとした口当たりのロールケーキは、オンラインでも販売され、評判も上々。
「安心して食べられるものを届けたい」と語る真実さん。
いずれはカフェの開業も視野に入れていると、これからのプランを教えてくれました。
(取材/2024年冬)